心は難民 第一章・2

移住する3ヶ月ほど前、長男くんの夏休みと、シュレが仕事の合間にダーウィンへブルームから帰ってくるのとに合わせて、母についてきてもらってダーウィンへの旅行。

シティーのエスプラネード添いにあるコンドミニアムで1週間ほどを過ごした。
ダーウィンは、なにもないけど、自然だけはいっぱいのリゾート地。

そこでゆっくりと過ごした時間。エメラルドグリーンの海。
そしてダーウィンというかOZの人々のあたたかさ・・・

双子を連れて、外にでると・・・どこでも

あなたはラッキーね!!

男女のふたごちゃん?~~最高じゃない!!

アナタは幸せモノだわ~

と声を掛けてくれ・・・双子用のベビーカーでモタモタしてると、どこからともなく助けてくれたりして~誰も気負いなく、自然とさっと手を貸してくれる。
このときは、もちろん次男のことが特別とは誰もわからないときで、普通の双子の赤ちゃんとして接してくれたわけだけど、日本でなら

まぁ~~双子ちゃん。。。大変ねぇ~

とか、本当に大変そうに言われ、長男のときよりも余裕もあって楽しく育児をしていたのに、
大変だの。忙しいでしょ?だの年子よりマシよね??とか・・・ほっといてくれっ

ネガティブな言葉を掛けられることが多かった。

それにくらべて、ラッキーだの、幸せ者!だの神様の贈り物とか・・・みんな、なんてステキな言葉を掛けてくれるんだろう???
これだけでも、国民性の違いというのか、ものの見方や考え方の違いというのかがわかるわよね。


そして、しばしのダーウィン旅行を終えて、帰ってきた私。

オーストラリアで住もう! 行くなら今しかない!!

と思った。
そう思い立ったら、マグロのみっちゃん!!やることは早いわよぉ~~


そのころはネットもなくて・・・というかあったけど、私はパソコンは持ってなかったし、情報量も少なかったと思う・・・まずは、三重県から近い大阪のオーストラリア領事館へ電話。

いろいろと話を聞いて、家族用の永住権の申請書類を送ってもらい、まずは必要書類・戸籍謄本の写しなどを集めることと、結核やエイズなどの病気がないかを指定病院で検査してもらう予約を入れた。

それと同時に持ち家を、とあるリゾート会社の社宅として貸し出しする契約など、日本を飛び出す計画を次々と実行。
一番長く掛かったのは、私と長男の戸籍関係。

なにせ、長男は大阪市。吹田市。豊中市。と同じ大阪でも3つの市役所での書類が必要で、私はそれ以外に両親が離婚してるんで、そっちの方も必要で・・・
なんというか、戸籍関係の量を見ても、普通よりも分厚くて・・・
これを見るだけで、なんとも複雑な家やなぁ~~~ってくらいの量と各地の市役所の書類がオンパレードしてて、苦笑いしてしまった。

そして、健康診断の日。

なにも気がつかんでくれぇ~~~との祈りが通じたのか、何も異常なし!
実際、結節性硬化症のことを知ってる医師がほとんどいなかったこと。知能テストなどがなかったこと。まだ赤ちゃんで通ったことなど、ラッキーなことが揃っていた。ということで、Goサインが・・・

申請書類も揃ったし、全部を東京のオーストラリア大使館へ送り、待つこと3週間。

家族用永住ビザを取得!

これさえあれば、鬼に金棒!いつでも行ける!

当初の予定は、長男が小学3年生を終えてから・・・と3月に移住しようと考えていたけど、どうせ行くなら早くがいいと、ビザが取れて何週間もしないうちに11月17日を迎えたのよね。

学校へも、病院へも”来週発ちます!”みたいな感じで報告。
シュレの会社へも事後報告で・・・事務員さんも驚いてたなぁ~爆

ダーウィンでの学校は・・・行ったらなんとかなるさ!
住む家は・・・これもどうにでもなる!!

肝心のシュレだけど・・・

俺は英語も出来んし、何も知らん。だからなにもできんけど・・・来たかったら来ればいいよ!

とね。
せめて、付け焼刃でも英語を勉強するとか、人に聞いていろいろ準備するとかできんもんか??
って人に聞くだけは聞いてたみたいやけど、それだけやった。。。苦笑

でも誰の協力がなくても自分ひとりで決めたこと!なにがなんでもやりきってやるっ!!

このときの私の行動力は、今以上にすごいものがあったなぁ~
とにかく、ビザさえあれば後はどうにでもなるやろう~~って見切り発車!?

ここのあたりから、今の決断力と行動力が養われたのかも・・・

孟母三遷

子供のために3回引っ越しをした孟子の母。
その故事に習い、メインは次男だけではなく、ほかの子供のため!そして何より自分のため。
異国での少々の苦労なんてへっちゃらよ!!

やる気マンマンパワー全開のみっちゃんであった。。。


ダーウィンから帰ってきて、しばらくして『移住を決めた!』と母と祖母に報告したときに母から聞いた衝撃の一言。

やっぱりあんたは外国に住む運命やったんやな。。。

この話は前にもしたことがあるけど、昔、まだ私が赤ちゃんのころ、易者の好きな母はよくいろいろなところで私の運勢をみてもらっていた。

ある易者に

この子は・・・将来外国で住むことになるやろう。日本におる子とは違う!
なんで外国へ行くのか・・・芸能関係とか、なんかそういう華やかな感じの仕事をするのかな~理由まではわからんが、とにかくこの子は外国で生きる運命になっとる


と言われたらしい。
ゑ~~~そんなことは全然知らんかった・・・

そーいや、海外旅行へ行くこともめちゃくちゃな理由をつけて行かせないようにしてたし、フランスや韓国のペンパルができても、めっちゃ反対されたし・・・声楽やバレエをやってたこともあって、宝塚受験を考えたこともあったけど、これもめっちゃ反対され~~

なぁ~~るほど、娘を手元にどうしても置いておきたいという、祖母と母の策略だったのか・・・

高校時代、回りから浮き立ってしまう自分がなぜなのかわからず・・・今はわかる。日本向きの性格じゃなかっただけのこと。爆笑!・・・ものすごく悩んでたときもあったのさ~~
このときにちょっとでもヒントをくれてたらな~~あんだけ悩まなくても済んだかも。

もし私が母の立場で、娘が易者さんに同じことを言われてたら・・・
私なら娘の背中を押して、外国へ行かせた。

外国で生き抜ける力を持った子であるなら、それも良し!

自分の幸せよりも、まずは子供の幸せを一番に考えるのが親の務めであり、その道へ進ませるのが親としての責任だと思うからね。

しかし、宿命と言うものは変えられない!とは言うけど、なんとした裏業やろう???爆
なにがなんでも、外国へ行かんとあかんようにされてるジャマイカ??

ってことは・・・もしも、若いころにたとえば留学とかっていう形で外国へ行かせてくれてたら・・・こういう形でのオーストラリア移住もなかったわけよね?
何をどう言ってもグチにしかならないし、親たちを責めるわけではないけど、ここでもまた他人のエゴが私の人生に大きく影響した。ということに・・・

もう反対する理由も、力もなくなった母と祖母、しぶしぶだけど移住することを認めてくれました。
もちろん、もしこのとき反対されてても、私と子供の幸せのために親子の縁を切ってでも行ったけどね。笑

今となっては、母も祖母から同じように縛られ続け、幸せを追うことも、幸せになることも許されなかった生活を50年以上も強いられてて・・・母こそ、一番の被害者だったわ。今は祖母からの束縛も解け、母も充実した楽しい人生を歩いています。

祖母と考え方が180度違った私。
ソリが全然合わず、いつも思いっきり阻害されてたわね~~
私もこの世の中で祖母が一番嫌いな人間だったから、死んだときも葬式にも行かんかった。
私がこれだけ嫌った人間も滅多におらんやろう・・・苦笑


物事は偶然ではなく、必然。。。
私を日本から出すために、

元夫。長男を生んですぐに離婚!ええ子を残してくれたわ~笑

長男。バツ1子持ちでなかったら、シュレと見合い結婚はしていない。

シュレ。17歳年上。海外勤務でAUS永住権持ち。

次男。こいつが健常児だったら、今も私は日本にいる。

と4人の男によって、ここに来さされた私。
なんとも不思議な縁というのか・・・宿命に生まれたというのか・・・なんとも面白い私の人生だわね。



いよいよ次からは、ダーウィン編。
AUSでのドタバタの日々が始まります。










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この記事へのコメント

ひげマスター
2009年11月20日 20:42
言葉の問題や、生活習慣の違いを考えたら、なかなか踏み切れないと思うのだけど、みっちゃんすごい♪なんとかなるさの精神かな?でもそれが大事ですよね。飛び込んで、後は食らいつく・・今はそう言う度胸のある人間が少なくなりましたね。
みっちゃん
2009年11月20日 20:55

@マスター

今の私の原点の出来事です(^0^;)

あのころは言葉の壁よりもなによりも、追い詰められて手負いの虎状態だったから出来たのかも・・・
今思えばすごいことをしてますよね。あはは~






たまごっち
2009年11月20日 21:29
猪突猛進

もう、誰も止められないぜ!

自分の意思で動いているようでも 全て男達の影響で人生を送っているような・・・ウフフ

ジェットコースターに乗っちゃったわよ。
さるる
2009年11月20日 21:50
白斑ってどの辺りに出てるもの?
うちの子達は背中にあるんだよね、二人とも。
うちの兄貴もあった。あいつはある意味頭が良すぎておかしいやつだけど。
うちだって、普通に産んで他の赤ん坊よりも成長が早くって、どこが違う?って感じだったけど、結局プレスクールとかで他の子達と遊ばないしね~、そういうところから分かってきたから仕方ないと思ってる。
特にうちは旦那の家系がそういう人が多いしね。従兄弟もおじさんもまあ、ジジイもアスペっぽいし、たけぽーの従兄妹、2人共だもん。
あ、私は観光ヴィザで来て(6ヶ月のマルチ)、イミグレの移動で書類がどっかに行ってしまって、何回も申請しなおしてる間にヴィザが切れてブリッジングが他の国への渡航が出来ないやつだったのよね~。コンサルタントを通さず自分たちだけで何もかもやったからね~。でも、面接もなかったし、お知らせもないから2年後に問い合わせたら「あら、もうパーマネント出てるわね~?」って感じだったわね。いい加減。
AMEPは妊娠でいけなかったし、3年前に行ったのはまだ随分と時間が余ったままでもったいなことしたわ。
ペケ
2009年11月20日 22:26
ちょっとしたきっかけに決心して動いて、
それで残りの人生が大きく変わるってあるわよね。
行動を起こせば結果はそれに付いてくる、それがみっちゃん流だわ~。
みっちゃん
2009年11月20日 22:37

@たまごっちさん

猪突猛進。。。その言葉が座右の銘かも。爆

いやはや、私の人生どこまで男に左右されるのやら??苦笑

でもどんな中でも自分で切り開いていける自信はあります!







@さるるちゃん

白斑はね~どこにあってもあまりいいものではないのは確かなのよ。だいたいが中枢神経に関連してるからね・・・


結節性硬化症に関しては、場所というよりも、形。木の葉のような形になることが多いのね。
それと、こっちでならWoodライトやらいう紫外線のライトで、見えない白斑も見えるライトがあってね。
それで調べることもできた。今はもっと医学も進んでるだろうから、違う方法もあると思うけどね。
自閉症も遺伝性のものではあるんよね・・・(--)
でもさるるちゃんとこのお子達は、うちからl比べれば(ってうちより下の子はいないぞ!苦笑)月とすっぽん。

しゃべれて、トイレも行けて、自分で食べれて、着替えもできて・・・学校へも行ける。
それだけ出来たら私にとっては普通と同じと思うけどね~(^^;)
でも超重度なんで、期待もせずに済んだし、諦めも付くんでそれはそれでよかったかな・・・

シュレが永住権を取ったころは、簡単だったようだけどね、今は難しくなっててなかなかとれないみたいね。

うちの場合も、私が全部自分でやったけど、日本での結婚生活が長かったことや子供がいたからかな??面接もなにもなく、書類審査だけであっけなく通ったよ。




みっちゃん
2009年11月20日 22:40

@ぺけっち

愛の同時れすぅ~~(^0^)

そそ、まずは行動を起こさないと変化もなにもないわけで~~笑
よくあれだけなにも情報のないところで、やりきったわ・・・と自分で感心する。笑

今ならネットで何でもちょいちょいやもんね~でもその分、楽しかったし、発見もいっぱいあった。

11年たって、私の決断は間違いではなかった!って思うしね。
まずは行動ありき!な私の人生。
それも間違いではなかったのかもね~笑




keikei
2009年11月20日 22:57
最後のほうはスウキ どんな漢字?
な 人生だなって思えるね。。。
ふぢ
2009年11月20日 23:02
ほんま、こうと決めたらあの行動力はまさに火事場の馬鹿力よな(笑)ダンボール10個で乗り込んできたぞな。あとはどーにかなる!の精神で。
うちはほんまにビザで泣かされた!ここでもはじかれるのか!!!と。「ハーフミリオン養育にかかるので好ましくない」とか「将来政府に手当てもらわんと念書書け」とかもう色々。弁護士も何人か断られてたらしいねんけどAさんは私に言うと落ち込むのでずっと黙っててんな( ̄∇ ̄;)ハハハ
永住権とってからはもうなんか糸が切れた(笑)
回遊魚から停止魚になってもうた~~
私も子供が健常児なら日本でまだまだブイブイいわしとる!(笑)
名前からしてもう私ってば国際的ジャマイカ?( ̄m ̄*)プッ
みっちゃん
2009年11月21日 07:16

@けいけい

数奇とちゃうか??確か・・・

ホンマな~宿命ってモンはすごい!って思えるような出来事満載やったで。爆






@ふぢねえ

ねーさんの名前はホンマ国際的で誰でも覚えれていいなぁ~。笑

私もホンマ難民??って感じ(今やけど。爆)の荷物やった。
やればなんでもできるやぁ~~ん!ってのを学んだわさ。(^0^)

ビザはな、うちはホンマにラッキー。
誰に聞いても相当な苦労をしてるもんな!ま、一番はねーさんやったけど・・・
でもよく永住権取れたわ!アッパレ!!

やっぱり”やって出来ないことはない!?”なんやわね。(^0^)v








しゅんらん
2009年11月21日 08:40
「数奇」で正解です 笑
自分で決めた人生はどうなっても納得
いくものだよね、さらに縛られた
人生は必ず誰かを恨んでしまう
「みっちゃんを変えた4人の男」!!

みんなありがとう!爆




よっちん
2009年11月21日 12:16
お久しぶりです。
私もアメリカ留学してた時にすごいびっくりしたことがあります。
障害って日本人は隠すけど、アメリカでは普通に生活してる・・・
その人の個性のように周りが自然と受け止めてる。って、私も結婚して妊娠した時障害を持った子どもなら、だんなと離婚してもアメリカに行くつもりでした。
殿
2009年11月21日 18:07
いやぁ~ 
いろいろと納得し共感し.....
素敵だ!
P.S.
初コメは緊張するな~
みっちゃん
2009年11月22日 08:36

@しゅんらんちゃん

子育ても自分の人生の選択も自分が主になってないとね・・・絶対に責任転嫁してしまう。。。

みな男に変えられてる人生ってのもね~~ええのか?悪いのか???(^^;)








@よっちん

アメリカもそう?
こっちも”心のバリアフリー”がね進んでる。
でもやっぱりアジアの人間は、日本と同じで好奇の目で見てくるんよ。(--)

障害者が住みやすい国は、みなに住みやすい優しい気持ちになれる国なんやろうと思う。









@殿

いっらしゃいませ。(^0^)

殿にステキなんていわれたら~~~ぽっ(^^*)
殿こそ、世の男性すべてに見習って欲しい、すばらしい旦那さんで、家族愛とはこういうものだぁ!!ってことをみなに教えてくれる貴重な存在です。

世の中には、こんなステキな男性もいてくれるんだ!?と勇気付けられてます。

けいけいの幸せものぉ~~~笑





はまった人
2009年11月23日 12:22
実は、私も心は難民なんですよ~!
実際問題、日本に帰るところはありません。

ガーッとやらなきゃ出来ないし、ここで止まったら駄目!っていう時、本当に人間て思いもよらないパワーで物事を乗り切ってしまうことがあるんですよね。それって、苦労とかそういう言葉や一言ではくくれないものがあります。でもね、やっぱり大変だったと思う!
私もね、みっちゃんのことすっごく応援してるから!今度本当にゆっくりとお話しましょうね!

母は強し!!確かに人生男に左右される部分はあるけど、女だって強くたくましく美しく生きていけるわよ~!みっちゃんみたいに!
みっちゃん
2009年11月23日 12:36

@はまったさん

おとといはお疲れ様!
また今度ゆっくり話しをしようね。(^0^)

お互いに『心は難民!』笑
強くたくましく、この国で生きていきましょうぞぉ~~~~爆


ケラ
2009年11月23日 23:12
宿命なら、誰と出会っていても、居なくても、みっちゃんは、日本ではない何処かにいるはず。
今が紛れも無くみっちゃんよ~!この人生が眠っていたみっちゃんの強さを起こしてくれたのね。
私の仲良しの一人息子が頸椎の損傷で、
19才で全身マヒになっちゃってね、勿論トイレでお尻なんて拭けませ~ん。その友人離婚しちゃってるし、苦労はあるけど、私が弱気になってたある時期、彼女曰く「私さ~、この苦労を乗り越えられる人間だと、神様から選ばれたんだと思う」って、ギャ~!その言葉ガツッときましたよ!
10年前にみっちゃんと知り合ってたら、みっちゃんの強さと明るさに触発され、勇気付けられていたかも。今、改めて思います。みっちゃんと知り合えて良かった!今夜は、みっちゃんの日記で頭も胸も一杯!!
ソウル情報日記は、後日落ち着いてからにしよう。
みっちゃん
2009年11月24日 07:34

@ケラさん

宿命ってのはね・・・なんともならんもののようです。笑

ケラさんと会えたのも、宿命によって引き会わされてる気が・・・AUSに来なければ、ダンスもしてなかったわけですし・・・(^-^)

なにかしら意味はあるんですよね!!