心は難民 第二章


11月22日週末。
ケアンズで母を見送り、ダーウィン入りした私たち家族。

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↑ダーウィン入りの前に滞在したグリーン島のホテルにて。若いなぁ~~笑

まずは、シュレの会社の寮(一軒家)に入居。
それから家探しということで・・・

そしていよいよ、AUSでの記念すべきマグロ一泳ぎ目が・・・始まる。


移住2日目の月曜日。。。
会社のボスの奥さん(同じ年の女の子がいた)についてもらって、まずは長男の学校へ。

ダーウィンは、難民受け入れの最前線の町であることと、町の規模(人口当時5万人ほど)が小さいこともあり、英語圏以外からきた就学期児童は小学生であれば”アニューラ小学校”中学・高校生であれば、”ダーウィン・ハイスクール”へ行くことになっていた。

どちらにもESL専門のクラスがあり、その子の英語取得レベルで、半年から1年した後に普通のクラスまたは違う学校へ転校できる仕組みになっていた。

これはダーウィンだけのシステムのようで・・・ブリスベンの場合は、来たその日から普通クラスに入れられ、ESLの先生が1週間に2回ほど回ってきてくれるだけ。
これは子供にとって相当なストレスになると思う。

その点、長男は幸せだった。
なにせ、縦割りクラスで下は6歳くらいから13歳くらいまで、全員がABCも知らない、ハローさえも言えない子の集まりだったわけで・・・
しかし、先生はどうやってコミュニケーションしてたんだろう???笑

そんなアニューラ小学校へ連れて行ってもらって、当時私の英語力ではどうにもならないので、ボスの奥さんに通訳もお願いし入学手続き。

もちろん成績表も学校間の連絡もいっさいなし。ホント飛び込みで行ったのでした。


でもその日から学校へ通えることになり~~びば!AUS!!
弁当を作ってもって行ってなかったので、こちらでの始めてのランチはランチオーダー。

茶色の紙袋に名前とクラス、メニューを書いて、お金を入れてキャンティーン(タックショップともいう)へ持っていったら、ランチ時間にランチ係りが取りに行ってもらえるというシステムになってます。

そんなこともまったく知らなくて、ボスの奥さんにいろいろ教えてもらいました。

アニューラ小学校のESLクラスには専用のバスがあって、これも無料で家の前まで送り迎えをしてくれました。
車はあったけど、少々遠い場所だったので、こっちが送り迎えをすることなく楽ちんでした。


しっかし、こっちでの生活は、ホントなにもかもわからず、学校にしても日本とは全然違うシステムにビックリするやら、新鮮やら~~楽しかったわ・・・って今も新鮮で楽しいんだけどね。笑


そして、次は家探し。

ダーウィンは当時から、家の値段も賃貸料も高く、2LDKのマンションでも最低週300ドル(当時$1=¥90。27000円)は掛かった。
200ドル社宅手当て?が出たので、まぁそれほどの負担ではなかったけど、1ヶ月で最低でも10万以上の家賃ってのはね~やっぱり高い!
ダーウィンで定住するつもりは当初からなかったので、家を買うことはせず、ずっとマンション住まいだった。

そして、私がめっちゃ気に入ったとある新築のマンション。

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↑ダーウィンでの始めての家。この後2回引っ越しすることに・・・笑

裏が新しく出来たヨットハーバーで、25mのプールにジム付き。日本では考えられないような・・・・ってこれは決して特別な物件ではなくて、オーストラリアンスタンダードね。笑・・・マンション。

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↑浮き付きの水着絵起きた娘っこ。後ろにヨットハーバーが・・・

もう一目で気に入ってしまって、即契約。
2ベッドルームでめっちゃ広いリビング(30坪はあったはず~今ならダンスができたほど。)週370ドル也。
しかし、今思ってもゴージャスでなんともいい場所だったなぁ~

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↑幼い子供たち。

まだ工事中だったこともあり、入居は1ヶ月ほどあとだったけど、家は見つかったしなにもかも順調な滑り出し。

その日はそれで終わり~~のはずが急性膀胱炎で血尿が・・・すぐに奥さんのかかりつけの女医さんに見てもらって事なきを得たけど・・・ストレスだったんだろうかねぇ~~~???
後にも先にも、あんな血尿を見たのは初めてだった・・・


ボスの奥さんはノーザンテリトリー大学(今はチャールズダーウィン大学だったっけかな?に名前変更)の美術科の学生だったので、いろいろと忙しくその日以外は、旅行ガイドや通訳として働いていたAさんを紹介されていた。

Aさんを頼んだのは、次の週くらいだっただろうか・・・AMEP(移民のための英語プログラム)をやっていたノーザンテリトリー大学(NTU)付属の学校での面接。
永住ビザが下りると、政府から550時間無料で英語学校へ通える特典がある。

もちろん、英語を習ってAUS社会に溶け込ますためのプログラムで、文法や読み書きのほかに、実践的なもの・・・ととえば、ATMでのお金の下ろし方や電話応対のしかた。犯罪に巻き込まれたときの警察への問い合わせの仕方・・・などなど面白いカリキュラムだった・・・

そこで面接を受け、簡単なクラス分けのテスト受けた。
面接官も悩む私の英語力の幅広い分布。。。。ぷっ

しゃべりはモジュール2.聞き取りはモジュール5.読み取りはモジュール6.書く方はモジュール4・・・とね。見事にばらばらだっわけけね・・・爆
ということで、書くレベルに合わせてモジュール4へ入学決定。

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↑画質が悪いけど・・・モジュール4のときの遠足でパーラメントハウスへ。

12月が学年末。なのでっこうど中途半端だし、新学期の始まる1月下旬から通学することになる。

それにあわせて、隣にあったチャイルドケア(保育所)への双子の入所も決まった。
この保育代もすべて政府が出してくれて・・・AMEPへ行ってる間、ずいぶんと助かったわ~

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↑チャイルドケアでのランチ風景。。。野外教室!爆

こちらでは、障害のある子供でも普通のチャイルドケアで、特別に障害児専門のケアラーが付きっ切りになって見てくれます。なので、どこでも入所拒否などされることもなく・・・まったく普通の子と同じように、同じ生活をさせてもらいました。

AMEPの時間は朝の9時から11時まで。
AMEPへいってる間は午前中のみ預けていたんだけど、AMEP卒業後、TAFE(職業訓練校?専門学校みたいなもの)や大学へ通っているときは、所長からの言葉

障害児を自分が面倒を見なければ!!なんて思わなくていいのよ!私たちを頼ってちょーだい!
まずはお母さんは休まないと・・・


この言葉で、自分ですべてを背負わなくてもいいんだ・・・とね。

これは医者にもよく言われた。
検診に連れて行くたびに、次男の容態よりも先に

あなたは疲れていませんか?
大変ならば、公的機関を利用できるように紹介状を書きますよ。レスパイトケアセンター(デイケアやショートステイ)やヘルパーを利用しなさい。自分で何もかもしなくていいんですよ・・・
いつでもしんどいときはすぐに言ってくださいね
。』

とね。気持ちがうれしいなぁ~~~
日本では聞くところによると、この真反対なのだとか・・・追い詰められてしまうよね~

そのころは、娘も赤ちゃんで同じように手も掛かったこともあり、公的機関は利用する必要がなかったのだけど、
今はバンバン利用させてもらってます。ヨーロッパに行ったときは3週間預かってもらったし・・・今は年間合計で5~6週間ほど預かってもらってます。


保育所の所長の言葉もあって、それからは夕方の5時ごろまで全日預けてました。もちろんこのときは政府の補助はなく自費。。。所得の関係から保育料の控除申請もできなかったので、1ヶ月に2人で14万円くらい払ってたかしらね~~~
このころが一番、教育費にお金が掛かってたかも・・・



長男は、ホームシックになることもなく・・・でもいつも友達の写真やサイン帳を眺めていたことは知ってる。辛い思いをさせてしまったな~涙・・・元気に学校へ通っていた。


そして迎えた冬休み。といっても真夏なんだけど・・・

長男くん。
英語もまったく出来ないわからないなのに、学校休みの間にやってるPCYC(警察がやってるクラブ)の学童保育に行きたいという。

家にいても英語をしゃべるわけでもないし、英語の勉強にもなるので行かせた。

1日35ドルで、弁当は持っていくけどおやつも付いていて、いろいろなアクティビティーが用意されていて、それはそれは楽しかったらしい。
それからは休みのたびにこのプログラムに参加してました。

英語もまったくわからずに、なかなかやるなっ!!
順応性も高く、私に似て社交的な性格なのでなにも心配はしてなかったけど・・・このバイタリティー。
さすがは私の息子だぁ!!


私は始めての暑いクリスマスと正月になんか変な感じ~~となりながら、初めての冬をほとんど家にこもりながらゆっくりと過ごしたかな。
もちろん、その間に新居への引っ越しはあったけど、家具は家具屋、電化製品は電気屋から運んでもらったので、
なにも大変ではない引っ越しでした。

やっとすべてが落ち着いた感じ。













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この記事へのコメント

ふぢ
2009年11月23日 11:45
みっちゃん若っ!( ̄m ̄*)プッ
みんな小さいな~~~
そうそう、ここの良い所は「親も休むべき」が浸透してる事やね。私が思春期の事で悩んでるとカウンセラー予約しようか?言われるし(笑)
親も休んでええんや、なんて目から鱗おちまくり。
日本だと保育園も親がついて行って昼までで月2万とか言うねんで。それが気に入らんかったら家で見てくださいと福祉課のメガネのおっさんにガム食いながら言われた日にゃーそりゃ椅子も蹴り倒しましょうて(笑)仕返しはしたけど。
日本は親が見るべき、休むなんてもってのほか!やねんな。学校呼び出しが週3はあり週1短縮授業でどうやって仕事見つけろと?
色々問題はあるAusやけどこの点と心のバリアフリーはそれを補って余りあると思う。多分(笑)
みっちゃん
2009年11月23日 12:44

@ふぢねえ

ホンマな~写真には年がでるけど・・・若っ!?て思ったがな。ついでにちょっと細くて髪も短いし・・・笑

『親が面倒みんでも・・・』って言葉、これはホンマにありがたかった。
日本での経験はないけど、でもふぢねえだけじゃなく、ほかにも聞いたことがある。
『家族で面倒見てください!』とか学校からしょっちゅう登校禁止(ちょっとした性癖があるらしい。)とか、呼び出しとか・・・
ホンマ、働きも病気にも休みもできへんよな・・・(--)

ビバ!AUS!!
人の心&福祉の充実~~ええ国やと思うぞ。(^0^)





山羊座
2009年11月23日 13:29
どこから? 
この考え方の違いが、出るのかしら?

マジに、考えますよね~

基本的には、子どもは親のものと言う考え方の我が国と…
子どもは、皆のもの・国のものという、根本的なものだろうと思うけどね~

ストマイで、聴覚障害者になった従兄弟が居るけど…
あの従兄弟の母親である叔母は、何時も周囲と、闘っていましたっけ!
ひげマスター
2009年11月23日 14:52
みっちゃん何歳の時?若いお母さんだぁ~

それにしても介護に対する考え方の進んでる国で良かったですね。一番大変なのはお母さんなのですもんね。公的機関の援助を気楽に受けて、家族の負担を軽くしようと言う考えすばらしいです。日本もようやく、少しその気配がありますが、認定だのいろいろややこしくて、書類見るだけで嫌になります。
PITCH
2009年11月23日 17:40
みっちゃん、お久しぶりです。
うちは健常児だけど、日本の保育園だと、親が職場から直で迎えに行かないと園から苦情が出ます。仕事場からスーパーに寄って、それから保育園に行くなんてのは禁忌。でも、保育料払っているのに、大きなお世話!
日本には少ししかいなかったけど、何かと「前例がない云々」言われるし、外国人の夫を持つといろいろと戦わなければならないことがあったよ。
keikei
2009年11月23日 21:02
みっちゃん 脚線美~~♪
ヒューヒュー

日本って保育所に入れるのに 共働きじゃないとあかんねん。Aus は 理由は問われないのよね。

預け先がないのに どうやって働けと?

他、障害があっても、年齢相応に子供に接しさせたいやん? 当たり前にね。お友達とか欲しいし…子供から学ぶこともあるだろうし…

それは 入園動機にはできませんとか、ことごとく ほんとに締め出された…幼稚園なんか全部断られたし…
社会からのけものにされたような気になって本当に辛かったわ… 
子供たち みんな 面影残しつつ やな~
カワイイね!
ほんと 大きくなって 笑 
みっちゃん
2009年11月23日 21:29

@山羊座さん

日本は戦わなくてはいけない場所で、ここは安らぐ場所??という感じでしょうか・・・

私自身、日本にいたころは、窒息しそうで、カミングアウトもできず、ずいぶん辛かった。。。こちらでは、みな素通りしてくれるので、気負うことも恥ずかしいと思うこともなく、言えたものでした。

身障者に優しい国=すべての人間にとって優しい国なのだと思います。(^0^)







@マスター

だから~~24歳+7歳ですってば!!爆

書類なんてまったくなし。笑
あっても、養護学校の校長がみな対応してくれたし・・・私は恵まれてるんでしょうけどね。(^^)

みなが一生懸命に助けてくれよう。とするその心意気にいつも感謝でうれし涙がでます。








みっちゃん
2009年11月23日 21:31

@PITCHさん

おぉ~~久しぶり!!
お元気でしたか??(^0^)

時間内ならば何をしててもいいやんね?>保育園。(--)
何のための保育園なんだ??って思うわ。

やっぱり、親(カップル?)の時間を大事に考える国と、家族単位で考える国の違いなのかな??

前例うんぬんは日本の常套文句やんね。苦笑
前例がないなら作れよ!!って言いたいことがいっぱいあったわ。。。。






@けいけい

アハハ~このときは、今よりも5キロくらい細かったのさ。(^^;)

こっちの保育所もたしかに、待機自動はおるねんけど、預ける理由に関してはまったくないな。
私は勉強のために預けたのが最初で、あとは休息をせよ!とうるさく言われた(爆)こともあって全日行かせてたし・・・

うちの場合は、幼稚園からは養護やったけど、こっちは普通の子以上にどっか連れて行ってくれたりの外でのアクティビティーが多い。
私以上にいろいろなところに行ってるもんな~

キャンプやら遠足も親同伴なんて絶対にないしね。

前例がないだの。なにかと理由をつけて拒否されることはまずないしね。
こっちにきてから、私の心が溶けた感じがしたよ。笑










ケラ
2009年11月23日 22:22
やっぱり、自分の人生を語る時、子供の話ははずせないわね。それぞれ親として、色々あるもの。またまた、このコメントでは納まらない、諸々話がしたくなったわ。
今度、いつゆっくり話す機会が来るかな~?
たまごっち
2009年11月24日 01:24
心労・・・これが一番こたえるもんね。

預ける、自分の人生=母親の人生
どっちも楽しめなきゃ潰れる。
子供が巻き込まれるのが一番可哀想だもの。

長男君は、小さくても何かしら理解出来てたと思うよ。
みっちゃん
2009年11月24日 07:38

@ケラさん

来年はいろいろと里帰りの機会が増えそうで・・・笑

そのときにゆっくりと世を徹して語り合いませう。(^0^)






@たまごっちさん

10歳にして、環境も言葉も何もかも違う国に、意見も聞かれず連れてこられてね~~~(^^;)
それでも、泣き言一切言わず、弱音もはくことなく頑張ってくれました。
これには救われましたよ。ホント!!

介護者のストレスは、される側にとっても良くないことで~このあたりのケア。
日本も見習って欲しいですね。






しゅんらん
2009年11月24日 08:44
>障害児を自分が面倒を見なければ!!なんて思わなくていいのよ

たぶんこれでみっちゃんの肩の荷
というか心の重荷は軽くなったと思う
私なんて今頃になって
そういう実態を知ってる
みっちゃんののこの記事のように
たくさん情報をもらえば
人として知らなければならない
事実を知ることができる
ありがたいです
みっちゃん
2009年11月24日 09:27

@しゅんらんちゃん

保育所の所長が言った言葉。
私にとってこれは衝撃的だったわ~。

介護は家族がするもの!っていう日本の悪しき習慣??を根底から覆すものだった。

「社会に任せなさい」

これでどれだけ救われたやろう・・・(TT)
日本も、これから先はこうあって欲しいと思う。