テーマ:決意の移住

心は難民 あとがき

すべてをカミングアウトして~~すっきり爽快! 長らく詰まってた便秘が解消した??って感じね。爆笑 私の過去を吐露するにあたって・・・一番気がかりだったのは娘のことだった。 長男は20歳にもなり、巣立ちを迎えるし大人なんで大丈夫。。。それと、何を言っても義理の父親…
トラックバック:0
コメント:14

続きを読むread more

心は難民 最終章・未来へ

地雷事件から1年。 表面上はなにもなく、普通にしてたんだけど・・・どっちみち年間9ヵ月は顔を合わせることもないからね~別居してるのと同じ! 毎年、12月~1月のスクールホリデーの時期に家族全員で里帰してたんだけど、その年は私と次男くんはダーウィンでお留守番。 シュレと長男と娘…
トラックバック:0
コメント:24

続きを読むread more

心は難民 最終章

怒涛のダーウィン時代。 忙しかったけど、ダンスにも出会えて~~それが・・・私の人生の岐路でもあったわね。 2001年5月。ダーウィンへ住みだして2年半。 双子も4歳近くになり、長男に任せて家を出ることができだした。そのときにAMEPの先生のアドバイスを胸に”ダンススタジオ・ファラーノス”の夜7時半~…
トラックバック:0
コメント:17

続きを読むread more

心は難民 第二章・2

ゆっくりとした暑いクリスマスと正月を過ごしたあとは・・・怒涛のような日々が待ち構えていました。 まずは、病院。 次男君の病気は普通の町医者(GP)では、診ることは無理なので、膀胱炎でお世話になった女医さんを、我が家の掛かりつけ医にしてスペシャリストに紹介状を書いてもらった。 そして、ダーウィン・ロイヤル・ホスピタル…
トラックバック:0
コメント:14

続きを読むread more

心は難民 第二章

11月22日週末。 ケアンズで母を見送り、ダーウィン入りした私たち家族。 ↑ダーウィン入りの前に滞在したグリーン島のホテルにて。若いなぁ~~笑 まずは、シュレの会社の寮(一軒家)に入居。 それから家探しということで・・・ そしていよいよ、AUSでの記念すべきマグロ一泳ぎ目が・・・始まる。{%万歳webr…
トラックバック:0
コメント:13

続きを読むread more

心は難民 第一章・2

移住する3ヶ月ほど前、長男くんの夏休みと、シュレが仕事の合間にダーウィンへブルームから帰ってくるのとに合わせて、母についてきてもらってダーウィンへの旅行。 シティーのエスプラネード添いにあるコンドミニアムで1週間ほどを過ごした。 ダーウィンは、なにもないけど、自然だけはいっぱいのリゾート地。 そこでゆっくりと過ごした時間。…
トラックバック:0
コメント:18

続きを読むread more

心は難民・第一章

*重い内容。一部不適切&気分を害する人もいるかも???な引用もあり。 でもあくまでも私信なので、文句があってもスルーしてね! ダーウィンに移住した1998年11月。 なぜ『帰る国なし!!』という強い気持ちで移住をしなければいけなかったのか?の理由は・・・その1年半ほど前までさかのぼることに・・・ 娘っこと次男君は…
トラックバック:0
コメント:15

続きを読むread more

心は難民・序章

駅まで長男くんのクラスメート&担任の先生が見送りに来てくれて、涙涙の別れをしたのが11年前の1998年11月17日。 長男君・10歳2ヶ月。娘っこ&次男くん・2歳3ヶ月。私・・・24歳のとき。 ←いくつで長男産んだ!?爆爆 11月17日の夜日本を出発。ケアンズでしばし遊んだあと、 1998年…
トラックバック:0
コメント:20

続きを読むread more